教師が語れる場がほしい。

教師が語れる場がほしい。bukatsufuck

大学院時代、研究室のボスには修論を相談しながら進路相談もしていました。
「中学は部活があって休めないじゃないっすか。だから同じ大変さなら小学校の方がいいですー」
「休みで校種決めるのかよ!」
これ読んでそんなつっこみを先生からもらったことを思い出した。

中学校教員、辞めます。 – 公立中学校 部活動の顧問制度は絶対に違法だ!!

記事の要旨は、平日は授業&休日は部活で休む暇ない、授業準備をちゃんとできない、部活制度はどーしても納得できないから中学の先生辞めて小学校を受け直す。だそうです。

このブログ書いてる真由子さんは教職6年目の数学教師。
6年前っていうとまだまだ中高はいりにくかった頃。
何年も講師やった人とか、よっぽどそつない受け答えができる優等生ちゃんか天才的切れ者じゃないと受からなかった。

あんだけの難関をかいくぐったのにもったいないなーと思うし、
でも部活がいやで東京中高理科落ちたの幸いに小学校に鞍替えした私は辞めたくなる気持ちもよくわかるし、

複雑な気分です。

中学校実習で部活に参加して、合唱部で子どもと一緒にうたったりアドバイスしたりするのは超楽しかった。就職して受け持てばそれなりにはまるだろーなーとは思った。
しかし土日がないのをまのあたりにして、病弱な私は絶対体壊してまわりに迷惑かけることも確信していた。

そこをもふもふ考えつつ教員採用試験受けたら部活へのためらいが面接でばれちゃって落ちちゃった☆
そんなてへぺろな思い出。

しかも首尾よく小学校の先生になったのはいいけど、新人は土日は準備に当てないと授業が成り立たないからその戦略はべつに正解ではなかったというw
まあ納得いくまで準備できるのはたしかだったけどねー。

コメント欄を見てみると、学校の内情をぶっちゃけるって倫理的にどうなの!?みたいな書き込みが目立つ。
その反面、「うんつらいよねーわたしもそうー」という共感系もおなじくらい?
23日夜現在400くらいあるコメントを分類すると。

前回のエントリ「こえをあげれば変わりますか?」じゃないけど、声をあげにくい場所の人が声を上げるとこんなにも反響があるんだなあ、とびっくりする。

これを機に、「中学高校はプライベートなげうって部活の顧問をするのがあるべき姿」っていう常識がほんとうに常識なのか考える人が増えるといいなと思う。
それで、再度納得してもいいし、ん?と思って変えていくのでもいいし。

この真由子さんの主張より、私はどちらかというとコメントが400も集まっている事実に目を見張る。

ここにコメントしている人の多くは、普段同僚とこういう話ができないから人様のブログで熱く語ってしまうんじゃないのかな?
という気がしてね。

学校には校種を問わず独特の磁場がある。
正しいものが一つで他の意見は駄作、みたいな。
学校の中の常識に「おかしい」って唱えるとすごい蜂の巣攻撃がまっている。
だから口をつぐみ、おかしいと思わないよう常識を無理して受け入れる。
そういう傾向があるのは事実じゃないかなあ。

学校の中のことは外の人間にはどうにもできんのですが、
学校の外で教師をやってく上での信念とか苦悩とか語り合える場があるといいのかなあという気がする。
言いたいことを言い合える場があるってだけでも安心するし、またがんばろうって復活できるというか。
フューチャーセッションみたいな。
(参考→あなたの仕事が社会を変える!? フューチャーセッションの効果 http://huff.to/1fhD7jV

そういう場をつくるとしたら、どういう軸をかかげると集まるんだろうね。
「先生たのしんでますか?」
「多忙感ってどうやったら解消できるんでしょう?」
「ほしい未来をかたろうぜ!」
うーんうーん。

求む、意見。